大学

2008年3月 8日 (土)

最終講義

大学は年度末。授業はないが、最も忙しい季節でもあります。

その仕事内容はともかくとして、

しばらく前に勤務校でも定年退職教員による“最終講義”が行われていました。

長年の研究成果をもとに、これまでの研究教育人生を振り返ったお話がなされていた模様です。“なされていた模様です”と書いたのは、私はこの種の“最終講義”に出席したことがないからなのです。

なんだか違和感を感じてしまって・・・。

そもそも、“最終講義”という習慣は日本的なもので、欧米には存在していません。欧米では通常“就任講義”はあっても、最終講義というのはないのです。経済学者の林周二先生は“最終講義”という大学の年中行事が存在する日本社会について「総じて日本では大学社会だけでなく、一般の企業社会でも、過去の因習の呪縛が強すぎ、現在の一切を振り切って未来へ立ち向かう姿勢が乏しい」と批判し、欧米の“就任講義”の風習について「過去の回想を語るのでなく、未来を前向きに講ずる点が、最終講義とは全く違う」と述べています(『研究者という職業』東京図書)。

最近では慶應義塾大学などで“就任講義”が始まっていますが、ほとんどの大学ではいまだに定年教員による“最終講義”が存在しています。

そもそも日本の大学の多くはいまだに終身雇用制を採っています。安定的な身分の保証は働く者にとっては喜ばしいのかもしれませんが、これが大学教員の緊張感のなさを生んでいます。学界や社会からは評価されなくても、自らのアプローチに固執した方法で次々に生み出される論文などは、狭い仲間内からは“研究業績”という名前で呼ばれ、質的な評価よりも数(本数で数えられる)が勝負になります。税金が財源である大学への助成金や、学生からの学費などが原資となっている“研究費”を使って、社会的に一切貢献しない研究成果を挙げても、それはそれで狭い範囲内では“業績”になるのです。もちろん、大学教員の仕事は研究だけではなく、教育も重要な仕事ですから、学生教育をしっかりと行っていれば、それはそれで素晴らしいことですが。

しかしながら、社会も学生層も常に変化していきます。それらへの対応が最も求められる仕事こそ“大学教員”のはずだと思っています。

社会に貢献できる研究を行うことや、これから社会に出ていく学生へ“知”の最前線と“思考”することの大切さを教えるためには、教員自身が緊張感を持って研究や教育に臨む必要があると考えます。

大学教員は終身雇用制が前提だと先ほど書きましたが、日本では生涯における大学間の移動回数が極端に少ないのが特徴でもあります。大学教員の生涯における大学間の移動回数を比較した調査では、オランダが3.55回、ドイツは2.0回、アメリカは1.62回で、日本は0.78回だそうです。日本の大学教員のほどんどは1つの大学で生涯を過ごす計算になります。日本では大学教員の“任期制”が定着していないことも理由です。

日本では、国立大学の教授が定年を迎えた後、私立大学の教授に転身する例が多く見られました。以前は60歳定年だった国立大学教授にとって、定年間際になると私立大学からのスカウトを待ってそわそわしていたそうです。当時、多くの私立大学では定年が70歳でしたから、あと60歳定年後もあと10年程度は食い扶持にありつけるわけです。また、あわよくば学部長や学長といった管理職にも就ける可能性があるわけです。研究でたいした成果のなかった国立大学教員にとっては大学行政の頂点に立つことは大きな名誉でもあったのです。

そして、大手私立大学でも卒業生がそのまま大学院→助手→専任教員と純粋培養され、一つの殻の中で仕事をしてしてきました。母校にそのまま就職できなかった研究者も、研究分野ごとに形成された学閥を頼りに地方の大学に就職し、いわば“植民地防衛”の第一線として仕事をしていたケースもあります。

少々長くなってしまいました。研究者にとって過去を振り返ること自体はムダではないと思うのですが、大相撲の力士が引退する時に行う“断髪式”のように、“最終講義”というセレモニーを、当たり前のように行う日本の大学という文化は学術の最前線としてはいかがなものかと考える今日このごろです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月26日 (土)

大学における試験とは

大学では後期試験の真っ最中です。

担当している科目の試験監督をするのは担当教員の大切な仕事です。
試験問題・解答用紙の配布、不正行為がないか巡回し、解答の回収・・・。

でも、受講生が100人を超える授業の試験監督は大変です。そこで、私の本務校では教員1名では大変な科目には試験監督補佐がつきます。で、誰が補佐に付くかというと、同じ学科の同僚教員です。ということで、自分の科目以外にも他の先生の試験を監督することがあります。

先日、S先生の試験監督補佐に入りました。早めに教室に行ったのですが、チャイムと同時くらいにS先生はやってきました。教室には150名くらいの学生がいます。先生に「学生の座席はどうしますか?」と言うと、「いや、自由です」との返事。先生は「問題は前から後ろに送って下さ~い」というと適当に前の学生たちに渡します。そして「テキスト、プリント、ノートなどの持ち込みは構いません。配られた人から始めて下さい」と呼びかけました。私は何を補佐すればよろしいでしょうか、と尋ねたところ、「不正がないか見てて下さればいいいですから。あっ、どうぞそこに座っていただいて構いませんから」と黒板脇のイスを指差し、教壇の上を左へ右へとうろうろと歩き始めました。
いったい私は何をしに来たのでしょうか?

90分が経ちました。さ~、回収だ、と思ったら、「はい。止めて下さ~い。では、解答用紙を後ろから前に送って下さ~い!」とS先生。そして、「マンデリン先生、もう結構ですから!どうもお世話になりました!」と・・・。
本当に私は何のために来たのでしょうか?

ちなみに、私が卒業した大学では、定期試験の監督は院生と事務職員の役割で先生方は全くやっていませんでした(これは珍しいようです)。
その代わり、試験は厳格でした。試験監督の院生と職員は3~5人のチームを組み、試験開始5分前には教室に入り、黒板に試験科目名、担当教員名、受験許可学生数を書き、いつも同じ注意事項を述べ、問題を配布。チャイムと同時に試験開始です。試験時間中、監督者は受験者名簿を見ながら机の上に出した学生証を見ながら指定席に座っているかチェック。学生証の写真と座っている学生が合っているかもチェックしていきます。そして、教室の前、後、横から学生に目を光らせます。受験者がたった5名であっても3人くらいの監督者がいましたし、大教室の試験には10人くらいの監督者がいました。そういえば、試験問題は大きな封筒にガムテープで止められて封入されていましたし、回収後は封筒に戻し、複数の目でチェックしながらガムテープで封をしていました。その光景はまるで大学入試センター試験です(私の時代は共通一時試験でしたが・・・)。

以前に勤務していた短大(規模は極めて小さかったのですが)でも、同じようにやってました。問題は事前に封入し、教員は教務職員から封筒を受け取り、試験を実施した後は封入して教務職員のチェックを受けます。その際、欠席者をリストにして提出します。それから、採点を行っていました。

試験監督を誰がやるかは別として、試験とはこうあるべきですよね。それだけの厳格さがあるからこそ「試験」の意味があるのだと思います。

成績評価は教員の重要な役割ですが、試験の実施は大学で最も厳かであるべき行事です。でも、本務校の試験は厳かさに欠けているように思うのですが・・・。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年6月25日 (月)

私学共済までもが・・・

問題となっている「宙に浮いた年金問題」。

私学共済加入者も宙に浮いていたみたいです・・・。

しかも52万件も。

1997年の基礎年金番号導入前に退職した人のものが未統合だったようです。

自分には被害がないと思われますが・・・。厚生年金だけでなく共済年金も宙に浮いていたなんて・・・。

既に亡くなってしまった方々の年金は本来の満額が支給されていなかった可能性が大です。このお金はどこに行ってしまうのでしょうか?やはり、国の懐に入るのでしょうかね。

国による「振り込め詐欺」なのに、まだ誰の首も飛ばないなんて・・・。信じられません。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月16日 (水)

クラブの顧問

「陸上部の顧問になってください!」

休み時間に3人の1年生が研究室に訪ねてきました。
陸上部は部員が卒業してしまい部員ゼロ。しかも顧問の先生が3月に定年退職してしまいました。この4月からは大学預かりとなり、一定の期間入部者がいなければ廃部となります。
その陸上部に入りたいという1年生が現れたのです。
ところが、顧問となる教員がいなければ「クラブ」としての活動はできません。
聞けば明後日までに顧問が決まらなければ今年度はクラブとしての活動はできないとのこと。事は急を要します。
学生たちは何を思ったのか私に依頼してきたのです。
が、私は同じグランドを使用する別のクラブの顧問を既に引き受けています。
担当する職員に相談したところ「別に構いませんよ。是非引き受けてあげて下さい」とのこと・・・。

引き受けなきゃいけないかな~。でも、これでグランド使用の調整役になってしまう可能性が・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 1日 (火)

聴講

1年生向けの授業に、4年生の2人が受講しています。
しかも、1限の授業を2コマも!
1つは既に1年生の時に履修しています。国家試験に向けて、再度聞きたいということのようです。もう1つの授業は他の学科向けの授業なので純粋に聴講です。
この学生たち、他の曜日にも1限の授業を履修しています。
また、4年生ゼミが他の曜日の2限。
結局、この学生たちは週4日も朝から大学に来ているのです。

4年生になるとあまり大学に来なくなる学生が多いのですが、
学生の立場を活かしてますね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月20日 (金)

出勤したら。。。

私立大学は国から私学助成金を受けています。
国からのお金を使っている限り、会計検査院の監査の対象となっています。
昨日から、この会計検査院の監査が入っています。
私にはあまり関係ないな~と思っていましたが、、、

出勤したと同時に職員の方が慌てていて、
「あ~!先生!ちょうどよかった!一大事なんです!会議室へ!」
と言うではありませんか。
何だろう?と思っていると、会計検査院の監査で実習の授業について聞かれるとのこと。
そのれに備えて担当者に説明をしてほしいとのことでした。

本来、今日は研究日なので出勤しない日です。
家で研究をしようと思っていたのですが、何だか大学に行きたくなったんですよね。
出勤してよかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月17日 (火)

M先生の初日

今年から非常勤をお願いしているM先生。
ある世界では大先生なのに、いつも丁寧かつ元気よく挨拶をされます。
まもなく70歳を迎えるとは思えない元気さで、最近はパソコンを習得するなど新しいものをどんどん吸収されています。

今日はM先生の最初の授業です。最初にお願いをしたのが3年前なのですが、以来、何度となくお電話をいただきました。内容は、、、、「テキストはどうしたらよいか?」「プリントは印刷できますでしょうか?」「こんな内容を考えているんだけど、学生に役立つでしょうか?」などなど・・・。3年前もからです・・・。
半年ほど前には、「どんな教室で授業をするのか下見をしたい」と連絡がありました。しかし、まだ時間割も教室も決まっていない段階でした。とりあえず、学内を見学していただいて、ほとんどの教室をご覧になられました。
とても慎重で用意周到な先生なんですよね。
4月に入ってからも、「授業初日は17日でよいのですよね?何時にお邪魔すればよろしいでしょうか?校門警備は入れてくれるでしょうか?」とお電話がありました。

そして今日。
午前中に授業をしていたら携帯に電話が入りました。M先生からです。
留守電には「無事入れました。講師控室におります」と。。。
予想はしていましたが(笑)

昼休みにご挨拶に伺うと、「終わったら電話します!」とおっしゃるので、「M先生、大丈夫ですよ。これからもお世話になるんですから」と伝えたのですが、「いえ、お返しするものがあるのですよ」とおっしゃいます。「?」と思いながら授業が終わるのを待ちました。
M先生の授業終了後、携帯に電話が入ったので控室に伺いました。
M先生は「A先生からこれをお借りしたんですよ」と学生の実習報告を取り出しました。
私、「わざわざありがとうございます」と返答しながらも、心の中で「なぜM先生が持ってるんだ~!?ま、まさか・・・」と呟いていました。するとM先生、「皆さん実習頑張ったんですね~。授業でも触れました」と。あ~、なんてことだ!実習報告は学生の氏名も施設名も書かれています。個人情報に関わる内容もありますから、学外には公開していないのです。ましてや非常勤の先生にお見せすることについて学生から承諾は得ていません。とはいえ、M先生に落ち度はありませんから責めることもできないのです。

ちなみに、M先生、記憶力は抜群なんです。授業の様子を伺った際も、「Bさんはやんちゃね~。実習報告では××をしたようだし」などと、読んだ内容はすっかり覚えていらっしゃいます・・・。
実習報告は2冊、戻ってきました。下の学年の報告も借りていたのです。きっと、来年度の授業では「あなたが○○園で実習したCさんね~」と学生に言わないか、今から心配です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月16日 (月)

宇宙人に会いたい

毎日新聞のコラム「余録」に東京大学入学式で福島智さんが語ったスピーチが載っていました。新しい道を歩み始めた新入生だけでなく、道に迷っている人にも読んで欲しい文章です。

黒のアフタヌーン姿のヘレン・ケラー女史は二〇九番の船室で静かに語った--。1937(昭和12)年4月16日の東京日日新聞(現毎日新聞)夕刊は彼女の来日をこんな書き出しで伝えている。大きな写真付きで、記事冒頭に【横浜港外にて本社鳩便】とある▲三重苦を克服して社会福祉運動に活躍するヘレン・ケラーの人気は日本国内でも高く、原稿と写真の搬送に伝書バトを投入するなど大々的な速報態勢を取ったわけだ。事実、滞在中各地で大歓迎を受けた▲70年後の今月12日、東京大学入学式で、福島智・東大先端科学技術研究センター准教授が祝辞に立った。小学3年生の時に光を、高校2年で音を失って盲ろう者となった。ヘレン・ケラーが世界で初めて盲ろう者として大学に進んだことを励みに大学進学を果たし、研究者として歩いてきた。国内では前人未到の道である▲「人間はひとりぼっちでは生きていけない」「どのような困難な状況にあっても、可能性がゼロになるということはない」。自身の体験からこの二つを学んだという福島さんは、「他者の立場を想像する力と、他者と協力しながら新しいものを生み出していく営み」こそが挑戦であると訴えた▲ヘレン・ケラーも珠玉の言葉を数多く残した。「知識は力なりという。しかし、私は、知識は幸福だと思う」「すべては驚きに満ちている。暗闇と沈黙の世界も例外ではない。だから、私はどんな境遇にあっても、満足することを学んだのだ」▲70年の時を隔てて美しい言葉が響き合う。福島さんのメッセージを東大の新入生諸君だけのものにしておくのは惜しい。春愁、気迷いが頭をもたげ始めたら、東大のホームページをのぞいたらどうだろう。スピーチの全文が読める。

福島さんは幼いころから夢を抱いていました。それは「宇宙人に会いたい」という夢です。光を失い、音を失った今でも、その夢を抱き続け挑戦しています。今、その夢が少しだけ現実のものになろうとしています。その続きは・・・。東大のサイトでお読み下さい!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年4月11日 (水)

やっぱり危ないですね。。。

大学だって企業と同じように“倒産”することもあります。

1999年に開学した山口県の萩国際大学は開学以来定員割れで経営危機に陥りました。危機を打開するため、2004年には国際学科に「維新学コース」「ゴルフ文化コース」などを設け話題となりましたが、2005年に民事再生法の適用を申請、つまりは倒産しました。その後、広島県のコンサルティング会社が支援企業として買収し、この4月、「山口福祉文化大学」と改称して再スタートを切りました。
再スタート後は、福祉系単科大学として定員140人のライフデザイン学部になりました。そして、この春、新入生を迎えたそうです。

で、その入学者数が、、、たったの24人だったとか。。。
しかも全国に先駆けて導入した児童養護施設出身者の学費免除制度で入学した学生はたったの2人・・・。そもそも入学者が24人だから、免除者を除いて学費を支払う学生は22人だけです・・・。

確実に、危ないですね・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年4月 7日 (土)

単位と必修

キャンパスに新入生が入ってきて、新学期が始まりました。

といっても、授業が始まるのはもう少し先のこと。

今はオリエンテーション期間なので、大学生活のガイダンスをしています。

ある説明の後、新入生たちに囲まれ

「先生、“必修”って何ですか?“単位”って何ですか?」と質問されました。

大学は高校までとは違うので、聞きなれない言葉が多くでてきます。

履修についての説明は来週に予定されているので、この質問は少々先走った質問です。とはいえ、積極性の芽を摘むわけにはいきません。

「“必修”ってどんな字かな?」と問いました。

ある学生が「必ず修めるという意味かな。あっ、卒業のために必ず取るということですね」「正解!」

すると別の学生が「でも“選択必修”というのもあるのですが、これは何ですか?」

そこで「“選択”ってどんな意味かな?」と問うと、「何かを選ぶということです」と答えます。

「では、“選択”と“必修”をつなげた意味は何だと思う?」

「その中から選んで必ず受けなきゃいけないってことだ~」

頭から覚えさせることもいいのですが、今から考えさせるトレーニングが必要ですね。

“単位”についてもこんなやり取りがあったのですが、、、ここでは省略。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧