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2006年11月12日 (日)

そうかもしれない

夫は認知症になった妻を自宅で介護していた。

ある夜、

ドスンという大きな音で醒めた。電灯をつけたら、二つのベッドのあいだに落ちている。・・・両脇に手を入れ、起こしにかかった。重くて、抱き上げられない。起きる気持ちがないのだ。

二、三度こころみたあと、どうしたらよいか寝間着の裾の方をぼんやり見ていると、静かに流れ出、畳を這い、溜りを作った。呆然と見ていたが、これも五十年、ひたすら私のために働いた結果だ。そう思うと、小水が清い小川のように映った。

「起きなさい。いま体を拭いてあげるからね」

・・・手拭きをしぼり、家内の腰から脚の爪先まで拭きはじめた。家内はその私を見ていたが、

「どんなご縁で、あなたにこんなことを」と呟いた。

耕治人の小説『どんなご縁で』(1987)のワンシーンです。

耕治人は、認知症になった妻との生活を『天井から降る哀しい音』『どんなご縁で』『そうかもしれない』の<命終三部作>と呼ばれる私小説にしています。

妻の認知症の始まりから、自宅での様々な出来事、妻の老人ホーム入所、自身のガンによる入院・・・。入院中に老人ホーム職員に連れられて妻が見舞いにやってきて・・・。

小説は、ごく普通の夫婦の晩年を介護と闘病の記録を通して、人生における絶望と希望の両面から描いています。

一連の小説を原作とした『そうかもしれない』という映画が公開されています。

病、愛、そしてケアとはどうあるべきなのか、考えさせられる作品のようです。「ようです」と書いたのは、私自身は映画をまだ観ていないのです(原作は以前読みましたが)・・・。映画は9月30日より順次単館上映されているそうです。現在は西日本中心に上映されています。これから関東地方で鑑賞するには、「船堀シネパル」(11/11~)、「藤沢オデヲン」(11/18~)しかないそうです。なんとか時間を作って観に行きたい!!

この映画、観るチャンスがあれば是非ともご覧下さい!上映スケジュールは公式サイトをご覧下さい。(2007年追記:公式サイトは閉鎖したようですのでリンクを解除しました)

※耕治人の三部作については、小澤勲『痴呆を生きるということ』(岩波新書)で紹介されています。また、三作とも『耕治人全集第4巻』(晶文社)に収録されています。

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