« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月

2006年11月30日 (木)

「壁」にぶつかり立ち往生

介護実習に出ていた学生が戻ってきたので、実習指導がはじまりました。

まず、報告レポートを提出します。

これは印刷・製本しますので、期日までに何度もやり取りをします。やり取りを通じて振り返りを行っていくのです。

私の指導はかなり厳しいようで、今日は1限前にも、夕方から大学の閉門まで何人かが残って指導を受けていました。

その中の1人が悩んでいます。

Aさんは実習中に、利用者から自分にとって嫌なことをされ悩んでいました。利用者に悪気はないのですが、Aさん自身の過去の体験から、その行為が受け容れられないのです。

その場面をどう受け止め、今後に活かしていくのか・・・。

Aさんの最初のレポートには何も触れられていませんでした。そのことを少し話してみると、修正後のレポートには少し触れられていました。しかし、今度はその場面にこだりをみせます。表現の仕方、自分の考え方、利用者の気持ち・・・。小さな表現も気になるようです。たった数行の中に、実習の全ての学びを見出そうとするように・・・。

指導後に出た3回目のレポートでは、それらが全て削除されていました。考えていたら気分が悪くなったとのこと。でも、そこから逃げるのではなく、きちんと向き合っていくためにも「中途半端な表現は嫌」なのだそうです。

Aさんにとって、他に経験した内容はごく普通の経験です。3回目に削除された内容こそ、学びの「種」であり、乗り越えなければならない「壁」です。

今回は「壁」を前に立ち往生してしまいました。レポートの最終版の提出期限は明日。おそらくは削除したまま提出するでしょう。でも、時間をかけて「壁」を乗り越えていけるよう応援していきたいものです。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年11月29日 (水)

子どもの写真

月曜から火曜にかけて中国地方の大学に視察出張をしてきました。

大学の将来構想を考える委員会のメンバー数名での出張でした。

行きの飛行機が離陸する前、将来の理事長であるジュニア氏が

携帯を取り出し眺めていました。操作するわけでもなく・・・。

そろそろ出発というとき、

フライトアテンダントさんが携帯を切るよう注意にやってきました。

「携帯を・・・、かわいいお子さんですね」

「そうでしょ~。1歳なんです~。あっ、切りますね」

ジュニア氏。離陸を前に待ちうけ画面にしているお子さんの写真を

眺めていたのです(笑)

2日間、よく観察してみると、時間がある度に眺めています。

子どもがかわいくて仕方がないようです。

でも、ジュニア氏。かわいい我が子が待っているのですから、

真っ直ぐ家に帰りましょうね(笑)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月25日 (土)

社会福祉士制度改革の行方(パート2)

現在、社会福祉士及び介護福祉士制度の改革が進んでいます。

今日も社会福祉士制度改革について養成教育を行っている大学の集まりがあり、11月20日に開かれた社会保障制度審議会福祉部会の報告がありました。

社会福祉士の制度改革議論は介護福祉士に比べて半年以上遅れています。介護福祉士の制度改革については、1800時間となる新しいカリキュラム案が既に発表になっています(このブログではまだ紹介していませんが・・・)。

Imgp1044 社会福祉士については、カリキュラム見直しのイメージが発表になっていますが、厚生労働省のサイトにはまだ掲載されていないようなので、ここでは写真を載せておきます。まだまだ骨子の段階ですが、これまでの科目編成からは大きく変わり、演習や実習がかなり重視されることになります。

新しい養成カリキュラムの元となるのが審議会で出された12項目からなる「求められる社会福祉士像」です。

①利用者の生活に関わる専門職としての自覚と高い専門職倫理を有している

②施設、在宅を問わず、地域において、利用者の自立と尊厳を重視した相談援助をするために必要な専門的知識と技術を有している

③人と社会環境との交互作用に関する専門的知識とそのアセスメントをするための技術を有している

④利用者からの相談を傾聴し、適切な説明と助言を行うことができる

⑤利用者をエンパワメント(利用者自らが必要なサービスを利用しながら自立した生活を営むための力の獲得や、そのための動機付けの支援)することができる

⑥一連のケアマネジメントのプロセス(アセスメント、プランニング、モニタリング等)を理解し、自立支援のためのケアマネジメントを適切に実践することができ、その効果について評価することができる

⑦他職種とのチームアプローチをすることができる

⑧社会資源の調整や開発、ネットワーク化をすることができる

⑨権利擁護と個人情報の保護のための知識と技術を有し、実践することができる

⑩就労支援に関する知識と技術を有し、実践することができ、その効果について評価することができる

⑪福祉に関する計画を策定、実施し、その効果について評価することができる

⑫組織の管理やリスクマネジメント等、組織や経営に関する知識を有している

いずれも当然求められる事柄かと思いますが、改めて整理されると養成教育の不十分さを痛感させられます。国家試験はペーパー試験ですが、実施や評価については実践力が求められますから・・・。しかし、この12項目を兼ね備えた人材って今でもそんなにいない気もしますね・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年11月24日 (金)

「認知症は神様からの贈り物」か?

映画「そうかもしれない」(11月12日付日記に紹介)を鑑賞しました。

耕治人の私小説『天井から降る哀しい音』『どんなご縁で』『そうかもしれない』の3作を、“老夫婦のラブストーリー”としての作品に仕上げています。

どのように老いを迎えるのか、家族とは何なのか、考えさせられる映画です。

この映画のパンフレットに堀田力さんの寄稿が掲載されています。堀田さんは「この映画を観て、『認知症は、神様の贈り物ではないか』と感じられた」と書き、続けて次のように書いています。

人生は素晴らしいが、それだけに人生を閉じるのはおそろしいし、辛いことである。まだまだしたいこともあるし、家族や親しい仲間と永遠に別れるなんて、そんな悲しいことはない。だから、人間は、医学や薬学や環境など、さまざまな面で努力を重ね、寿命を延ばしてきた。

神様は、人間のそんな努力を認めて、それでも迎えざるをえない終末期のおそれと悲しみをやわらげるため、認知症という贈り物を下さったのではないだろうか。だから、妻は、夫が先に逝ってヘルパーさんが泣きくずれるのに、その事実を理解できず、平然としていることができたのであろう。そして、おそらく、自分にも近づいているはずの死をおそれることもないのであろう。

認知症を「神様からの贈り物」であると考える方は堀田さん以外にもいることは承知しています。しかし、それは介護に疲弊する家族への慰めにはなるが、不安と闘っている本人には当てはまらないのではないかと思います。認知症当事者の心理はまだまだ解明されていないので勝手なことは言えないかもしれませんが、アルツハイマー病当事者であるクリスティーン・ボーデンが書いた『私は誰になっていくの?』でも、不安との葛藤が壮絶に描かれています。彼女がそれでも前向きに生きているのは強い信仰心が支えているからに他なりません。

映画では、夫が亡くなったことを伝えに来たケアワーカーと甥が泣き崩れるのを認知症の妻がただ優しく慰めるシーンがあります(あっ、ネタバラしてますね)。実際はどうであったのかは分かりませんが、「事実を理解できず」にいるとは言い切れないのではないでしょうか。ただ、その悲しみを私たちに伝わるように表現できないだけなのではないかと私は思います。

また、夫が亡くなる前の段階で、入院先の病院に妻がケアワーカーに付き添われてやってくるシーンがあります。認知症が進行している妻が自分を覚えているいるかどうか夫は不安を抱いて迎えます。ケアワーカーに「この人があなたのご主人ですよ」と言われ、妻が「そうかもしれない」と無表情で口にします。その場面について、医師で元厚生労働大臣の坂口力さんは「あの場面で、救われた気持ちになりました。これ以上の優しい言葉はない、ギリギリのストライクですよ。この病気の人としても、精いっぱいがんばってる一言です」(毎日新聞9月3日付「そうかもしれない」広告欄)と述べています。この場面は小説にも描かれている実話なので何も言えないのですが、少なくとも私は「救われた気持ち」にはなれませんでした。夫婦としての絆は言葉では言い表せない、いや、言い表す必要のない「二人だけの」共通の時間と意識だと思っています(そう信じたいだけなのですが)。だから、目の前の妻が認知症かどうかは関係なく、むしろ言葉は必要ないのだと・・・。

「そうかもしれない」と口にしたり、夫の死を理解できない様子でケアワーカーと甥を慰める場面でも、妻の心の中では「私の大切な夫」と理解していると思います(そう信じています)。なぜなら、認知症の方は、時間や空間の認知、人物の認知が困難となっても、情意の認知だけは最後まで無くならないからです。夫婦(家族)とは、それだけ情意相通ずる存在であり、ボーデンにとっての信仰と同じような存在ではないかと思います。

認知症を抱える人を介護する家族のストレスは計り知れないものがあります。それは昨今の認知症を抱える家族に対する殺人事件が示しています。そのストレスから解放する一つの考え方としての「認知症は神様からの贈り物」論は否定しません。なぜなら、介護に対して前向きになれる可能性があるからです。

しかし、それでもなお認知症本人に対して「認知症は神様からの贈り物」だとは言えないと思います。老いや病、死への不安や悲しみを癒す(和らげる)のは「認知症」ではなく、家族や家族・友人とともに歩んできた人生を幸せだったと受け容れる自分自身なのです。

それを支えることができる家族、ケアワーカーこそ必要なのではないか、と映画を観て感じました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年11月22日 (水)

自立支援法、負担軽減へ!?

障害者自立支援法、追加の負担軽減策要求へ 自民

 今年10月に本格施行された障害者自立支援法をめぐり、自民党は22日、原則1割の自己負担になった福祉サービス利用料に対する障害者の負担感が重すぎるとして、低所得者の負担を減らすなど新たな軽減策を打ち出す方針を固めた。補正予算案や来年度予算案に盛り込むことを要求する。

 同法では、障害者本人の所得に応じて負担に上限を設けるなど、軽減策が設けられている。だが、現状では負担が重く、必要なサービスが利用できないという声が障害者団体などから出ている。追加の軽減策としては、低所得者対策のほか、福祉施設で働いて得る工賃よりも、その施設を利用する際の自己負担が高い場合は是正することなどを検討している。  (朝日新聞<Web>11月22日)

自分たちが法律を作っておいて、今になって「負担が重いから軽減しよう」とは不思議な考え方ですね。

最初からみんなが指摘していたのに・・・。

最近、介護保険制度をめぐっても、「介護予防が思ったほどの効果を上げていないから、自己負担割合を上げるなど更なる給付抑制策が必要」と厚生労働省は発言しています。

障害者自立支援法における負担軽減策が実施されても、いずれは財源問題が出てきて、自己負担が増やされることは目に見えているのに・・・。

この国の福祉はどうして「お金」で議論するのでしょうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月20日 (月)

利用者から泣かされる

介護実習に出ていた学生たちがキャンパスに戻ってきました。

現場で実習していた学生たちの顔はどこかしら成長したように見えるから不思議です。

その中のAさんは、私が指導を担当している学生。Aさんの実習先である特別養護老人ホームには最終日にも訪問しました。私が帰った後、こんな出来事があったそうです。

Aさんは利用者のBさんに呼ばれ、居室に入っていきました。そこで、頼まれ事を受けそれを行いました。ところが、「なってない!」と厳しく怒鳴られたそうです。「こんなことは頼んでない!」「あなたみたいな若い人にはできない!」などかなり厳しい口調だったそうです。Aさんは自分に非があるとは思えなかったので、つい言い返してしまったそうです。それを聞いたBさんは、更に厳しい口調でAさんに怒鳴り、ついには口論のようになってしまいました。

その後、職員の方が入ってその場は収まりました。居室を出たAさんは悔しくて泣きました。それと同時に、Bさんと関わることが怖くなってしまったそうです。しばらくしてAさんがレクリエーション活動のためホールに移動するとBさんもいらっしゃいました。Aさんはその方の目を見ることができません。そうこうしている間に、最終日の実習時間も終わりに近づきました。実習が終わろうとしている時、BさんがAさんに話しかけてきました。「あなたには世話になったね~。また遊びにいらっしゃいね」と、とても優しい口調でおっしゃったそうです。Aさん、今度は別の意味で涙しました。

Bさんがなぜ厳しい口調で怒鳴ったのか、その意味をAさんはまだ理解していません。いや、それを自分の力で理解するにはまだ経験が十分ではありません。でも、長い人生を歩まれた方の気持ちを理解する「種」がAさんの中にしっかりと植えられました。これからの事後指導と次の実習を経て、きっと大きく成長することでしょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

誕生日会

061120__1 ゼミのために教室に入ると、なぜか真っ暗。次の瞬間、「パンパンパン!」とクラッカーの音が。そして「ハッピーバースデートゥーユー♪」とみんなが歌いだす。目の前にはロウソクに火が灯されたケーキが!

今週が誕生日の私のために誕生日会のサプライズでした。

こんな企画を考えていたなんて!驚きましたが、嬉しいものですね。

なので、今日は厳しいことは言わないことにしました(笑)

みんな!ありがとう!!

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年11月18日 (土)

保護者会

大学で「保護者会」があるというと驚かれるでしょうか?

最近は多くの大学で保護者会が開催されます。全国各地から学生が集まっている某大学さんでは、47都道府県に分かれて開催するそうです。また、ノーベル賞受賞者を複数輩出している某国立大学では欠席がちの学生さんのために家庭訪問までするそうです・・・。すごい時代ですね。

私の大学でも保護者会が開催されました。毎年、講演会とセットで開催されますので、かなりの人数が来られます。保護者会では学科ごとに分かれて、教員と保護者で懇談を行います。具体的にはカリキュラムや実習、就職活動について説明を行い、その後、教員が手分けして保護者の方と懇談をします。保護者の方は、子どもは授業に出ているのか?成績はどうか?と質問をしてきます。答えられる範囲でお答えいたしますが、他の授業までは把握していませんし、学生の不利になるような回答をするのもどうかと思います。

最近はオープンキャンパスなどでも保護者の方が熱心ですので、入学後も学生生活が気になるのでしょうね。子どもといってももう大人なのに・・・。

そういえば、社会人の学生から「保護者会の案内が来ましたが、誰が行けばいいですかね!」と言われました(苦笑)。その学生、自宅に帰ればお子さんの「保護者」でもあります・・・。自分の意思で自分のお金で入学してきた社会人の学生にとって「保護者」とは誰なのか?

いっそのこと、来年からは「保護者会」改め「家族会」にして、社会人学生の方はお子さんが参加するというのはどうでしょうかね(^^) 「お母さんはちゃんと勉強してますか?」

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年11月16日 (木)

学長人事

大学の学長はどのようにして決まるのか?

大きな大学では教授会の投票で決まります。

私の大学では、①各学部で候補を選出(複数候補も可)、②理事会独自に候補を選出、③学部の候補と理事会の候補の中から理事会が決定、となります。

早い話が、理事会で決まるのです。

もっと早い話が理事長の指名です。

それならば、学部の候補を選出する意味は?

形だけの民主主義でしょうか・・・。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2006年11月15日 (水)

「いじめ」と「人間関係」

いじめによる自殺が増えている中、いじめる側について興味深い記事がありました。

いじめる側も孤立 ― 人間関係の希薄さ背景か

 親しい友達がいない子はいる子に比べ、いじめをした経験のある割合が女子で2倍に上るなど、人間関係の希薄さがいじめにつながる傾向があることが、木原雅子・京都大助教授(社会疫学)と全国高等学校PTA連合会が14日発表した高校生約7200人に対する「精神的いじめ」の実態調査で分かった。いじめによる自殺が相次ぐ中、いじめる側も周囲から孤立し、支えを必要としている状況が浮かび上がった。

 高校生になっていじめられた相手を複数回答で尋ねたところ、90%弱が「同級生」と答えたが、教員を挙げた子も女子は25%、男子は20%いた。

 木原助教授は「身近な大人が子どもを見守るといった人間的なつながりの回復が望まれる」と話している。

 調査はしつこいからかいや無視など本人が不愉快になることを「精神的いじめ」と定義。今年9月、全国の高校2年生へのアンケートで、約6400人の回答を得た。

 「精神的いじめ」の経験は、小学生の時に男女の60%前後、中学生で46-60%、高校生で24-41%が被害者や加害者になっていた。

 その上で、高校生で「精神的いじめ」をした場合の、学校や家庭での人間関係を調査。「心から信じられる友達がいるか」との問いに「いない」と答えた子は「いる」に比べ女子は2倍、男子も1・3倍いじめた経験が多かった。同様に「真剣に話を聞いてくれる先生がいない」子は「いる」に比べ1・6-1・7倍、「親が真剣に話を聞いてくれない」子は聞く場合より1・7-1・9倍いじめた経験を持っていた。

 ゲームやテレビなどの影響も調査。小学校低学年の時にゲームが1日3時間以上、テレビ視聴が同4時間以上あると、小学生の時にいじめをする経験が多かった。高校生では、携帯電話のメール交換が1日41回以上、インターネット使用が週10時間以上の男女も、いじめをする割合が高くなった。木原助教授は、小学校でのテレビ、ゲーム漬けで攻撃性を体得している可能性もあるとして「いじめる側の心の分析も必要」と指摘した。

                     (東京新聞 11月15日付)

親友がいないという人間関係の希薄化が「いじめ」の要因の一つのようです。生きていく中では様々なことがストレスになり、支えが欲しい時があります。そんなとき、支えてくれる親友の存在は大きいものです。「心から信じられる友人」がいないことが、「いじめ」につながっているとしたら、とても不幸なことです。ひょっとしたら、「信頼できる友人がほしい」ということの裏返しが「いじめ」となって現れるのでしょうか。

最近の学生を見ていて、友人同士の人間関係も表面的になっているような気がします。「心から信じられる」関係とは、決して表面的な付き合いからは生まれないように思います。良いことは良いと、良くないことは良くないと、時にはぶつかり合って、はっきりと指摘し合える関係こそが信頼を生むのだと経験的には考えます。

またこの記事の調査では、「いじめ」を経験した子には、「親が真剣に話をきいてくれない」「真剣に話を聞いてくれる先生がいない」という項目も高い数値を示していたようです。

「いじめ」は単に子どもだけの問題ではなく、我々大人も考える必要がある問題でもあるようです。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年11月14日 (火)

「壁」にぶつかること

介護福祉士の実習に出ている学生から、

「先生、日誌に書くことがありません。どうしたらいいでしょうか?」

という相談が。

聞けば、一日のプログラムは充実しているのに書けない・・・。

これまでちゃんと記録が書けていた学生ですので、

実習期間の折り返し地点を過ぎ、「壁」にぶつかっているようです。

食事や移動の介助など、これまで行っていた行為の中に

今まで以上の「気付き」が見つけられなくなったようです。

これでいいのです!!

この「壁」はきっと彼女を成長させます!

漫然と過ごしていないから、「壁」が見つかったのです。

「壁」にぶち当たったからこそ、きっと今まで以上に深く考えるでしょう。

彼女がこの「壁」を乗り越えたら、

もっと高い「壁」を私が準備をしようと考えていますが・・・。

意地悪な教員ですね・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年11月13日 (月)

卒業アルバム

授業中、卒業アルバムの写真撮影とやらでカメラマンが入ってきました。

学生の代表が撮影してほしい授業を選び、推薦するそうです。

カメラマンが撮影し始めると学生たちも恥ずかしそうにしながら

授業を受けているように振舞います(笑)

何枚か撮影したところでカメラマン氏が、

「飲み物はしまって下さいね」と学生に注文 ( ̄□ ̄;)!!

私の授業では、飲み物は禁止していなかったのですが、

カメラマン氏に注意されるまで、学生も私も気付きませんでした・・・。

ちょっと、反省・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月12日 (日)

自分が入りたい施設とは

施設での実習は学生たちを大きく成長させます。

1年生は初めての実習に行っています。見るもの聞くもの何もかもが初めてのものばかり。緊張の中、楽しむことよりも大変さを実感し、何が何だか分からないまま、疲ればかりが溜まり、1週目が終わります。

教員はそんな学生たちの指導のために施設を巡回訪問します。介護福祉士の場合は週に2回の巡回が義務付けられています。1年生の1週目、訪問すると学生たちは決まって「疲れた~!!」「先生!実習はキツイよ~」と言います。中には涙を見せる学生も・・・。

そんな中、今年から新しく実習先となった施設を訪問。ここには、最も心配している学生が実習に行っています。とても繊細な心を持っていて、大人しい学生です。ちゃんと実習できているか不安でした。でも、それは杞憂だったのです。

「先生~。とても楽しい!」「ここ、いい施設ですよ!」

二人とも、学校でも見せないような笑顔で答えます。つい、他の施設の学生の様子と比べてしまい、私も目を丸くしてしまいました。

他の施設に比べても内容の濃い実習内容なので、この学生たちには厳しいはずなのに・・・。なぜ、こんなに楽しそうなのか?

答えは施設の「ケアの質」にあります。この施設は県内でもかなり古い施設で、1977年に開設されました。開設以来、利用者のことを第一に考えた実践を行っているのです。

その中心は、この施設を創り、今年まで施設長をしていたKさんの存在なくしては語れません。Kさんは大正生まれの女性で、今年80歳になる方です。1960年代から家庭奉仕員(ホームヘルパー)として活動していたKさんは、苦労の末にこの施設を立ち上げ、以来ずっと第一線に立っておられました。Kさんの傘寿を記念して出版された本には次のように書かれていました。

「在宅介護支援を続けてみて、これではいけない、施設を作ろうと思うに至りました。寝たきりになったご老人が、飲めば出る、食べれば出ると家族に遠慮して、飢えも渇きも我慢して、ひとりじっとお迎えを待つ姿は人間同士として見るに忍びないものです。せめてウンチもオシッコも気兼ねしないで出来るように、安心して人生の最終期を過ごさせてあげたい、それには施設を作るしかないと、無力な私が決心したのです。産む苦しみは出産だけでなありません。苦労の数々はご想像に任せます。計画の中途で、よき理解者であった主人は癌で先立ちました。」

古い施設を訪れると開設当時のままのケアを展開している施設を見かけます。しかし、この施設では、利用者の満足度を高めるために、絶え間ない「処遇改善」活動を職員間で展開していきます。常に利用者の視点から自分たちのケアを見つめなおす活動です。その結果、職員心得や禁句集も生まれます。また、デイサービスやショートステイがない時代に「老人通所ヘルプ」事業をスタートさせたりと常に先駆的な展開をしています。

この本の最後には次のような文章があります。

「園長、年とって病気になったらこのホームに入るんだね」これが今から18年前、当時事務長だった息子に言われた言葉であった。お年寄りの処遇について論じ合っていた時である。私は反射的に「え~っなぜ?本気なの?」と反応してしまい「そうだよ、園長はこのホームに入りたくないの?」とすぐに言葉を返された。私は返事に困った。その様子を悟った息子に「自分が入りたくない施設を運営しているの?園長はこの施設を造るとき、何て言ったか覚えているだろう?私が造る施設は、職員のものでも自分のものでもない。お年寄りのためのお年寄りの施設を造るんだと、あんな情熱を持っていただろう?まさか忘れてはいないだろうね」とたたみかけてきた。

私は「冗談じゃないわよ。処遇については自信を持ってやってるつもりよ。生意気言わないで」と半ば喧嘩腰に言い返した。すると息子は、ふっと一息ついてからこう言った「それはわかっている。しかし自分が入りたくないということは、まだまだ良い施設ではないということだと、俺は言いたいんだ」こんな親子の会話が続いた。そして最後に息子は「ライセンスが泣いているよ」と言って立ち去った。

私は、息子の前で突っ張ってはみたが、大きく反省した。それは、ものを見る角度の違いを教えられたからである。自分の側から見たときは自信が持てた施設が、ちょっと角度を変えて見たらまだまだ不十分な面ばかりが露呈したということである。

今でも自分も入りたいと心から思える、そしてお年寄りに選んでもらえるお年寄りのための処遇に務めていることは当然である。(以下略)

長い引用になりました。40年に渡るKさんの活動と想いが施設の雰囲気をかもし出しています。だからなのでしょうね。厳しい実習内容でも「楽しい!」と学生が発言したのは・・・。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

そうかもしれない

夫は認知症になった妻を自宅で介護していた。

ある夜、

ドスンという大きな音で醒めた。電灯をつけたら、二つのベッドのあいだに落ちている。・・・両脇に手を入れ、起こしにかかった。重くて、抱き上げられない。起きる気持ちがないのだ。

二、三度こころみたあと、どうしたらよいか寝間着の裾の方をぼんやり見ていると、静かに流れ出、畳を這い、溜りを作った。呆然と見ていたが、これも五十年、ひたすら私のために働いた結果だ。そう思うと、小水が清い小川のように映った。

「起きなさい。いま体を拭いてあげるからね」

・・・手拭きをしぼり、家内の腰から脚の爪先まで拭きはじめた。家内はその私を見ていたが、

「どんなご縁で、あなたにこんなことを」と呟いた。

耕治人の小説『どんなご縁で』(1987)のワンシーンです。

耕治人は、認知症になった妻との生活を『天井から降る哀しい音』『どんなご縁で』『そうかもしれない』の<命終三部作>と呼ばれる私小説にしています。

妻の認知症の始まりから、自宅での様々な出来事、妻の老人ホーム入所、自身のガンによる入院・・・。入院中に老人ホーム職員に連れられて妻が見舞いにやってきて・・・。

小説は、ごく普通の夫婦の晩年を介護と闘病の記録を通して、人生における絶望と希望の両面から描いています。

一連の小説を原作とした『そうかもしれない』という映画が公開されています。

病、愛、そしてケアとはどうあるべきなのか、考えさせられる作品のようです。「ようです」と書いたのは、私自身は映画をまだ観ていないのです(原作は以前読みましたが)・・・。映画は9月30日より順次単館上映されているそうです。現在は西日本中心に上映されています。これから関東地方で鑑賞するには、「船堀シネパル」(11/11~)、「藤沢オデヲン」(11/18~)しかないそうです。なんとか時間を作って観に行きたい!!

この映画、観るチャンスがあれば是非ともご覧下さい!上映スケジュールは公式サイトをご覧下さい。(2007年追記:公式サイトは閉鎖したようですのでリンクを解除しました)

※耕治人の三部作については、小澤勲『痴呆を生きるということ』(岩波新書)で紹介されています。また、三作とも『耕治人全集第4巻』(晶文社)に収録されています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月10日 (金)

実習の報告会

明日、社会福祉実習に行った学生たちの報告会が開催されます。

実習施設の方も何名かお見えになるそうですが、残念ながら私は仕事の都合で聞くことができません。学生のみんながちゃんと発表できるのか心配です。特に自分のゼミ生の発表は心配になります。

実はこんなことがありました。

ある学生が直前になって聞いてきました、「原稿って作ったほうがいいのですか?」と。

そんなことは当然だと思っていたので、「担当の先生から聞いてない?」と伝えたところ、「そんなこと言われてないよ~」と。(そんなばかな・・・)

その後、実習助手に用事があり訪ねた際、「先生、聞いて下さいよ!実習担当の先生方、揃いも揃って事後指導何にもやってないんですよ!!発表会のことも指示もしてないし!」と愚痴られました。

私はこの実習を担当していません。学生からちらほらとは聞いていましたが、「それは担当の先生に話そうね」と返していました。科目担当者以外は指導する権限がないのです。しかし、事後指導が行われていないとは・・・。実習を自分のものにする振り返りをしないなら、学びは完成しないのに・・・。

今回の社会福祉士資格制度改革では、まさにこの実習と実習指導、援助技術演習をどのように内容のある科目に再編するかが重要な焦点です。国家試験は座学を覚えれば通用しますが、「実践力」は演習と実習、そしてそれらを統合する振り返りが重要です。

今回のような実習での学びを発表する際には、実習の目標と実際の体験を振り返って自らの援助姿勢がどうだったのか、そしてどうあるべきなのか、などに気付くことが大切です。実習は4週間しかありませんが、就職後の現場実践につながる気付きを自分のものにしていくことが、実践力を高めるのですが・・・。

明日は心配です。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年11月 9日 (木)

とうとう来た!

11月に入ると各大学で推薦入試が始まります。

今年の志願者名簿を見ていて「とうとう来たか!」という思いに駆られました。

志願者の生年月日欄。

「1988年○月○日」という高校生と、「1989年○月○日」という高校生が。

今回受験の新高卒者は1988年4月2日~1989年4月1日生まれです。

ということは・・・・・・・・・・・・

「平成」生まれが入ってくるのです!!

あ~。そんな時代なのですね・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 8日 (水)

審査会による「意見聴取」

障害者自立支援法によるサービスの利用手続きにおいて、市町村の「審査会」は障害程度区分の判定を行います。

しかし、程度区分判定後、サービス支給決定案が作成された際、「非定型の支給決定」の場合は審査会で「意見聴取」が行われることになっています。

障害程度区分では区分ごとに国が定めた「国庫補助基準」と呼ばれる支給量の枠が決められています。この「枠」を超えてサービスが必要だと判断されケアプラン(正確にはケアプランではありませんが)が作成された場合を「非定型」と呼びます。ただし、「非定型」の枠は自治体が独自に決定することができます。国の基準の2倍までなら無条件で支給決定する自治体もあれば、無条件に枠を拡大している自治体もあります。自治体が決めた枠を超えてサービスが必要な方のケアプランは「非定型」とされ、審査会で認めるかどうか「意見聴取」が行われます(当事者の意見を聴くのではなく、審査会の意見を聴くということです)。すなわち、審査会でOKが出ればケアプラン通りのサービス量が支給できることになるのです。逆に、審査会で「減らせ」となれば、サービス量を減らさなければなりません。

今日の某市「審査会」では、この「意見聴取」が行われました。地域で生活している方の生の姿がよく分かるアセスメントシートとケアプランです。どの方も基準を超えたサービスを受けなければ地域での生活はできません。とても難しい判断だと思います。

私以外の委員は医師や作業療法士などで、生活の実態をあまり知らない方です。ここぞとばかりにサービスの必要性を訴えました(笑)幸い、対象者全員がケアプラン通りのサービス量で認定されました。

しかし、体調の変化などで今以上のサービスが必要になったら・・・。そんな緊急な場合の「枠」は想定されていません。障害者自立支援法は地域での生活の足かせになるな~とまた実感しました・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 6日 (月)

福祉現場で働く人の給与問題

270,010円

この数字は、「医療・福祉」で働く常勤労働者一人当たりに事業所がかけた平均労働費用です。内訳は、給与220,305円、給与外49,706円です。

厚生労働省は事業所が労働者一人当たりにかける労働費用の統計を取っており、「2006年就労条件総合調査」の結果がこのほどまとめられました。これによると、全産業の平均労働費用は、462,329円(給与374,591円、給与外87,738円)となっており、「医療・福祉」は平均に比べて約19万円も下回っていました。

また、休暇制度についても「何からの週休2日制」を導入している「医療・福祉」の事業所が全産業の平均を下回り、適用されている労働者も下回るという結果でした。

「福祉の仕事は給与の高さが問題ではない」という方もいらっしゃるでしょう。しかし、利用契約制度による福祉サービスの時代となり、サービスを利用したい方が気軽に安心して利用するにはサービスの「量」の確保が重要になります。サービスの「量」は働く人の「量」も意味します。福祉の職場は、「質」の高い労働者が集まってくるような魅力ある職場になっているでしょうか?

今年3月に発表された離職率の統計によると、介護職員(正規)の1年以内の離職率は21%。3年以内の離職率は79%とする統計もあります。職を辞める原因は過酷な労働条件とともに給与の低さが挙げられています。離職した人が再度他の福祉現場に就職することもありますが、3分の2が3年以内に離職してしまうような職場に「質」の維持を求めることは不可能です。

利用者よりも職員の方が入れ替わりが激しい職場・・・。

利用者はどのような気持ちでそれを感じておられるのでしょうか。

介護現場では、慢性的な人手不足が生じています。先の厚生労働省の調査では、「医療・福祉」の年次有給休暇の取得日数は6.3日(全産業平均8.4日)と非常に低い結果が示されています。人手が足りない現場を前にして有給休暇が取得できないのです。休むこともできず、給与も低い・・・。だからといって、精神論だけで介護を行う人材に頼っていては更なる人手不足を招きます。

この国の福祉はどこか間違っていないでしょうか?

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2006年11月 5日 (日)

社会福祉士制度の改革の行方

現在、社会福祉士と介護福祉士の資格制度改革が進行しています。

介護福祉士改革が先行し、社会福祉士はやや遅れていますが、社会保障審議会福祉部会で検討がなされていますので、興味のある方はそちらの厚労省のサイトをご覧下さい。

さて、教員としては社会福祉士の養成教育がどのように変わるのかが気になります。

結論から言うと、相当変わるようです!

社会福祉士は名称独占の国家資格として「専門的知識及び技術をもって、身体上若しくは精神上の障害があること又は環境上の理由により日常生活を営むのに支障がある者の福祉に関する相談に応じ、助言、指導その他の援助を行うことを業とする者」と定められています。

18年7月の時点で82,000人が登録をしていますが、社会的認知度は介護福祉士に比べると非常に低いのが現実です。

例えば、現場の相談業務(生活相談員等)に就いている職員のうちどのくらいが社会福祉士なのかというと、介護保険事業においては18.5%。身体障害者施設では4.7%。知的障害者施設では4.2%。児童福祉施設11.8%。そして、福祉事務所の生活保護現業員では2.8%のみなのです(参考:社会保障審議会福祉部会9月20日資料)。

この理由として厚生労働省の見方は「実践力がない」としています。確かに国家試験には合格していますが、それは暗記の力。実際にソーシャルワークを行う能力はペーパー試験では測ることができません。

そこで、国家試験では担保できない「実践」部分の強化を目的に社会福祉士のカリキュラムが改正されることになっています。

本日出席した某会議で、社保審メンバーで社会福祉士を養成する学校の集まりの会長先生の発言では、「第1モデル案をベースに決まりそうだ」とのことでした。「第1モデル案」と言っても分からないかと思いますが、養成校の集まりが3つのモデル案を提案した中の一つです。「第1モデル案」は、これまでの試験科目から最も大きな改正を伴うもので、実践のための展開科目(演習科目)を中心に構成されています。

これが実施されたら、これまでの大学における社会福祉教育は大きく変更されることは間違いありません。

どのように変わるのか・・・。これは後日、書きたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 3日 (金)

自立支援法の影響は「極めて低い」のか?

厚生労働省は10月23日、「2006年4月から実施されている障害者自立支援法で定めた応益負担の導入に伴いサービスの利用をやめた人の割合は0.39%にとどまっている」とする調査結果を発表。そして、応益負担による影響は「極めて低い水準」としています。

にわかに信じがたい数字です。

厚生労働省の発表に対して、障害者団体の連合体であるDPI日本会議が次の見解を発表していますので、参考のため転載いたします。

<厚生労働省発表「障害者自立支援法の実施状況について」に対するDPI日本会議の見解>

 厚生労働省は10月23日に今年4月から実施されている障害者自立支援法で定めた応益負担の導入に伴いサービスの利用をやめた人の割合は0.39%にとどまっているとする調査結果を発表し、応益負担による影響は、「極めて低い水準」とした見解を発表した。
 しかし、私たちは、「問題なし」とした厚生労働省のこうした見解及びその根拠とした調査内容に対して以下のとおりの疑問を持つとともに、しっかりと実態をふまえた施策の見直しを求める。

1.調査発表に伴う基礎データは、26の府県が公表しているデータをまとめたものであり、調査期間の不一致等、それぞれが独自の判断で実施していることから、これを集計して共通結果とすることで実態を把握したとする厚生労働省の見解に疑問を抱くとともに、12県を除外し、14県のデータだけとしていることに疑問を抱くものである。

2.調査結果は「通所・入所施設等において」となっており、在宅サービスにおける利用中止・利用抑制は対象となっていない。特に入所施設の場合、そもそも施設サービスは代わりになる地域支援なしに利用を止めるのは難しいサービスであることから、利用者が直ちに減少につながりにくい。

3.他方、DPI日本会議の調査では6月時点ですでに1割が利用抑制の結果が出ている。また、大阪府が行った今年の3月と5月の比較では身体介護で12.2%の利用時間減、移動介護では利用者が3.1%に当たる200人以上も減っており、その結果、平均利用実績額が1割以上の減となっている。このような大きな影響が出ている在宅サービス部分のについての結果を明らかにしていないのは、恣意的ですらある。

 以上のように、今回の結果をもって「影響は極めて低い水準」とするにはあまりにも無理がある。厚生労働省として、障害当事者団体及び関係団体と協議して調査項目及び調査回数と時期を定めて実施することを求める。
 現在、各政党は障害当事者団体及び関係団体の声を受け止め、与野党ともにこの制度の問題を意識し、その改善を図る姿勢が現れている。しかし、その所管省庁である厚生労働省にそうした姿勢を感じることはできなく、むしろこの制度の見直しを拒否する、頑なな姿勢を感じざるを得ない。
 かつて厚生労働省は、障害者の声を正面から受け止め、それを支援する政策・制度の創設に力を注いできた。そこには、私たち障害当事者と議論し、時には、緊張関係をもちながらも日本の障害福祉を確実に積み上げてきたものであった。
 今、私たちは、あらためて厚生労働省が、日本の障害者施策を担う省庁としての私たちの声に向き合うことをここに求める。

2006年10月26日

DPI(障害者インターナショナル)日本会議

【参考資料】DPI日本会議「厚労省発表ここが疑問」(PDFファイル)
http://dpi.cocolog-nifty.com/vooo/files/061026gimon.pdf

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »