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2006年9月25日 (月)

協同としての学び

研究室に2年生の数名がいるとき、1年生4名が訪れてきました。

1年生は秋に予定されている学外実習の個人票を私にチェックしてもらうためにやって来たのです。いつもは2人、2人で来るのでこの4人が一緒になるのは初めてです。

Kさんの個人票を見た私は傍らにいた2年生に、「これを読んで先輩としてコメントしてあげて」と振ってみました。2年生はそれを読み、Kさんにいろいろとアドバイスをしてくれました。「実習期間は思ったより短いからこんなに目標立てても学べないよ」「Kさんが一番学びたいと思っていることは何?」などと。その間、私は他の3人の個人票を順次チェックしていました。Kさんを見ると、いきない先輩に振られたからでしょうか不安そうに、でも真剣な表情で考えていました。他の3人もちょっと気になりながら私の指導を受けています。

その後、先輩達が退出して、1年生4人と私で個人票指導を再開しました。

先ほどまで2年生にアドバイスを受けていたKさん。せっかく立てた実習の目標を崩してよいものか悩んでいるようでした。でも、先輩のアドバイスが効いていました。

私「一番学びたいことって何だろうね?」

K「私、やっぱり認知症が気になるんです。認知症の方とどうやってコミュニケーションを取るのか。それを学びたい。あと、認知症って寝たきりだと思っていたんですが、歩行できる人もいるんですよね。そういう人への手すりの高さや環境面の配慮も知りたいんです。他の目標、削ってもいいですか?」

彼女は自分が本当に学びたいことに自信を深めたようです。

その間、残りの3人があ~でもない、こ~でもない、と話し合っています。今までにはなかった光景です。先輩とKさん、Kさんと私のやり取りに相当刺激を受けた様子。

先ほどまで「個人票、これでいいですよね?いい加減にOK下さい」って言っていた学生が、「今から書き直します。今日終わらなければ、明日もう一度見てくれませんか?」

その後、4人の学生と私で実習や実習指導についていろいろと話し合いました。いつも2人と2人で別々にやってくる学生たちも互いの思いを語り始めました。そのうちに、4人ともこれまでにない発想が次々と浮かんでいるようでした。

教育学の用語に「協同としての学び」というのがあります。「協同学習(collaborative learning)」、そして「互恵的な学び(reciprocal learning)」と呼ばれるものです。対等な対話的コミュニケーションの中で、教師―学生、先輩―後輩、同輩―同輩が対称的な関係を築き、「競争的関係」ではなく、違いを多様性として認め合いながら、個人では達成できないより高く豊かな学びが実現できます。今回の出来事は、その重要性を私に教えてくれました。

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