2009年6月 8日 (月)

めちゃくちゃ久しぶりの更新だ…(汗)

いつから更新してないんだろ

何かと多忙なこともあって更新できずにいました。

しかも、この間、PCを買い替えて、古いマシンのデータをばっさりと

HDDに移したりしていたので、ココログの更新のし方すら忘れていました。

前回の更新(といっても1年以上前)から、いろいろとありました。

山ほど書ける内容はあるのですが、

書くとまた時間がかかるので

また、後日ということで

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2008年5月29日 (木)

先生ん家!

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先日遊びに行った谷中の街頭地図で見つけた

“先生宅”です。

誰の先生なんでしょうかね(笑)

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2008年4月28日 (月)

覚えてどうするの?

仕事上で必要な書類を送っていただくためにある公的機関に電話したときのこと

当方「△△の書類を送っていただきたいのですが?」
相手「では、大学のご住所、お電話番号を頂戴できますでしょうか?」
当方「○○県○○市・・・・・」
相手「はい。では念のため暗唱させていただきます。○○県○○市・・・」

この方は私の勤務先を覚えてしまったのでしょうか・・・。

単なる言い間違いだと思いますが、思い込んでいたとしたら怖いですね~。

ついでながら、「~を頂戴できますでしょうか?」もビジネスマナーとしてはこの場合も正しくないですよね。

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2008年3月19日 (水)

あなたの腕前は?

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この本を読んでも、あなたの読書の「腕前」が上がることは保証できません(笑)

でも、自分の読書術の迷いが消え去ることになるでしょう。

岡崎武志ワールドの入口としてもどうぞ!

あ~!『エリック・ホッファー自伝 構想された真実』が読みたくなりました。

時間を見つけて“ブ”のパトロールをしたいな(笑)

  岡崎武志『読書の腕前』光文社新書

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2008年3月 8日 (土)

最終講義

大学は年度末。授業はないが、最も忙しい季節でもあります。

その仕事内容はともかくとして、

しばらく前に勤務校でも定年退職教員による“最終講義”が行われていました。

長年の研究成果をもとに、これまでの研究教育人生を振り返ったお話がなされていた模様です。“なされていた模様です”と書いたのは、私はこの種の“最終講義”に出席したことがないからなのです。

なんだか違和感を感じてしまって・・・。

そもそも、“最終講義”という習慣は日本的なもので、欧米には存在していません。欧米では通常“就任講義”はあっても、最終講義というのはないのです。経済学者の林周二先生は“最終講義”という大学の年中行事が存在する日本社会について「総じて日本では大学社会だけでなく、一般の企業社会でも、過去の因習の呪縛が強すぎ、現在の一切を振り切って未来へ立ち向かう姿勢が乏しい」と批判し、欧米の“就任講義”の風習について「過去の回想を語るのでなく、未来を前向きに講ずる点が、最終講義とは全く違う」と述べています(『研究者という職業』東京図書)。

最近では慶應義塾大学などで“就任講義”が始まっていますが、ほとんどの大学ではいまだに定年教員による“最終講義”が存在しています。

そもそも日本の大学の多くはいまだに終身雇用制を採っています。安定的な身分の保証は働く者にとっては喜ばしいのかもしれませんが、これが大学教員の緊張感のなさを生んでいます。学界や社会からは評価されなくても、自らのアプローチに固執した方法で次々に生み出される論文などは、狭い仲間内からは“研究業績”という名前で呼ばれ、質的な評価よりも数(本数で数えられる)が勝負になります。税金が財源である大学への助成金や、学生からの学費などが原資となっている“研究費”を使って、社会的に一切貢献しない研究成果を挙げても、それはそれで狭い範囲内では“業績”になるのです。もちろん、大学教員の仕事は研究だけではなく、教育も重要な仕事ですから、学生教育をしっかりと行っていれば、それはそれで素晴らしいことですが。

しかしながら、社会も学生層も常に変化していきます。それらへの対応が最も求められる仕事こそ“大学教員”のはずだと思っています。

社会に貢献できる研究を行うことや、これから社会に出ていく学生へ“知”の最前線と“思考”することの大切さを教えるためには、教員自身が緊張感を持って研究や教育に臨む必要があると考えます。

大学教員は終身雇用制が前提だと先ほど書きましたが、日本では生涯における大学間の移動回数が極端に少ないのが特徴でもあります。大学教員の生涯における大学間の移動回数を比較した調査では、オランダが3.55回、ドイツは2.0回、アメリカは1.62回で、日本は0.78回だそうです。日本の大学教員のほどんどは1つの大学で生涯を過ごす計算になります。日本では大学教員の“任期制”が定着していないことも理由です。

日本では、国立大学の教授が定年を迎えた後、私立大学の教授に転身する例が多く見られました。以前は60歳定年だった国立大学教授にとって、定年間際になると私立大学からのスカウトを待ってそわそわしていたそうです。当時、多くの私立大学では定年が70歳でしたから、あと60歳定年後もあと10年程度は食い扶持にありつけるわけです。また、あわよくば学部長や学長といった管理職にも就ける可能性があるわけです。研究でたいした成果のなかった国立大学教員にとっては大学行政の頂点に立つことは大きな名誉でもあったのです。

そして、大手私立大学でも卒業生がそのまま大学院→助手→専任教員と純粋培養され、一つの殻の中で仕事をしてしてきました。母校にそのまま就職できなかった研究者も、研究分野ごとに形成された学閥を頼りに地方の大学に就職し、いわば“植民地防衛”の第一線として仕事をしていたケースもあります。

少々長くなってしまいました。研究者にとって過去を振り返ること自体はムダではないと思うのですが、大相撲の力士が引退する時に行う“断髪式”のように、“最終講義”というセレモニーを、当たり前のように行う日本の大学という文化は学術の最前線としてはいかがなものかと考える今日このごろです。

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2008年2月29日 (金)

得をした??

本日、2月29日!

4年に一度の閏年ですね。

2月は昨日で終わるはずでしたが、一日だけ「得をした」ということになるでしょうか?

明日から3月。季節は春に向かって一直線?になるでしょうか。

キャンパスの梅がきれいに咲いていたので思わずパチリ

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こちらは白い梅です。

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2008年2月19日 (火)

車椅子での事故

電動車椅子で走行中、後ろから車に衝突され事故に遭遇した入居者がいらっしゃる。幸いにも大きな怪我がなく安心した。しかし「足」である電動車椅子が破損してしまった。
車椅子を身体の一部と思うか物と思うか。車椅子破損は人身事故と同じ扱いになるそうだ。相手の方はどこまでわかってくれただろう。一般の方々がどう思い感じているのか、改めて考えさせられた。

仙台市にある社会福祉法人ありのまま舎の通信「自立」の“あとがき”です。

これを読んで、駅前の道路に大量に放置されている自転車が点字ブロック(視覚障害者誘導用ブロック)を塞いでいる状況を思い出しました。点字ブロックは視覚障害のある人の移動には目の代わりになるものです。目の見えている人は自転車を避ければすむかもしれませんが、視覚障害のある人にはそうもいきません。道が塞がれている上に、白杖だって折れてしまう危険性もあります。

ほんの少しの想像力と思い遣りが必要な気がします。

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2008年2月12日 (火)

home

木山裕策の“home”というCDが人気だそうです。

この木山裕策さんは39歳でデビューを果たした“新人”歌手です。

Yahoo!!のニュースによると、「2年半前、甲状腺にできた悪性の腫瘍の発覚から。手術前には、医師から「手術後に声が出なくなる危険がある」とも告げられた木山だったが、半年後には奇跡的に歌うことができるまでに回復。その嬉しさから「自分の声をCDに残して子供達に聴かせてあげたい!」と思うようになり、『歌スタ!!』への挑戦を決意した」そうです。

ごく普通のサラリーマンで4人の子どものパパ。父親として子どもへの愛情と感謝を歌ったというこの“home”という曲。2月29日まで限定でクリップビデオが視聴できます。

   クリップビデオは⇒ココ

   歌詞は⇒ココ

たまたまこの曲を聴いたのですが、泣いてしまいました。

私の両親もこんな気持ちを抱いていたんだろうな~、と思うと、急に声が聞きたくなって、実家に電話してしてしまいました。
特に用がなければ両親には電話もしなくなってしまいました。こんな自分を少し恥じながら電話したのですが、
父「元気か~?どうした?何かあったのか?」
私「元気、元気。いや、何もないけど、たまには声でも聞きたくなって・・・」
それから、互いの近況をひとしきり話しました。両親の声が少し喜んでいるように聞こえたのは気のせいではなかったでしょう。

皆さんも、是非一度お聞き下さい!

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2008年2月11日 (月)

何十年ぶりのこと

大学では授業と試験が終了しました。
「大学教員は春休みが長くていいね~」とよく言われますが、実は最も忙しい季節の始まりです。この話題は後日にでも触れたいと思います。

今日は、本当のオフ日!でした

そこで、葛西臨海公園にスイセンを見に行きました。

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3年前からスイセンの名所にすべく年々拡張しているそうです。

2月なのに雪が舞う日が続きますが、春も近づいてきましたね。

ちなみに、スイセンの花言葉は「自己愛・うぬぼれ」だそうです(汗)

スイセンの群生を見るのは少年時代、南淡路の水仙郷に家族旅行に行って以来です。
何十年ぶりでしょうか(汗)水仙郷はこんな感じです→ココ

その後、月島で「もんじゃ焼き」屋さんへ!

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実は、約20年ぶりに食しました(笑)しかも、人生3度目。

猫舌であることと、見かけがどうも好きになれなくて・・・。

意外と美味しいものですね~。

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2008年1月26日 (土)

大学における試験とは

大学では後期試験の真っ最中です。

担当している科目の試験監督をするのは担当教員の大切な仕事です。
試験問題・解答用紙の配布、不正行為がないか巡回し、解答の回収・・・。

でも、受講生が100人を超える授業の試験監督は大変です。そこで、私の本務校では教員1名では大変な科目には試験監督補佐がつきます。で、誰が補佐に付くかというと、同じ学科の同僚教員です。ということで、自分の科目以外にも他の先生の試験を監督することがあります。

先日、S先生の試験監督補佐に入りました。早めに教室に行ったのですが、チャイムと同時くらいにS先生はやってきました。教室には150名くらいの学生がいます。先生に「学生の座席はどうしますか?」と言うと、「いや、自由です」との返事。先生は「問題は前から後ろに送って下さ~い」というと適当に前の学生たちに渡します。そして「テキスト、プリント、ノートなどの持ち込みは構いません。配られた人から始めて下さい」と呼びかけました。私は何を補佐すればよろしいでしょうか、と尋ねたところ、「不正がないか見てて下さればいいいですから。あっ、どうぞそこに座っていただいて構いませんから」と黒板脇のイスを指差し、教壇の上を左へ右へとうろうろと歩き始めました。
いったい私は何をしに来たのでしょうか?

90分が経ちました。さ~、回収だ、と思ったら、「はい。止めて下さ~い。では、解答用紙を後ろから前に送って下さ~い!」とS先生。そして、「マンデリン先生、もう結構ですから!どうもお世話になりました!」と・・・。
本当に私は何のために来たのでしょうか?

ちなみに、私が卒業した大学では、定期試験の監督は院生と事務職員の役割で先生方は全くやっていませんでした(これは珍しいようです)。
その代わり、試験は厳格でした。試験監督の院生と職員は3~5人のチームを組み、試験開始5分前には教室に入り、黒板に試験科目名、担当教員名、受験許可学生数を書き、いつも同じ注意事項を述べ、問題を配布。チャイムと同時に試験開始です。試験時間中、監督者は受験者名簿を見ながら机の上に出した学生証を見ながら指定席に座っているかチェック。学生証の写真と座っている学生が合っているかもチェックしていきます。そして、教室の前、後、横から学生に目を光らせます。受験者がたった5名であっても3人くらいの監督者がいましたし、大教室の試験には10人くらいの監督者がいました。そういえば、試験問題は大きな封筒にガムテープで止められて封入されていましたし、回収後は封筒に戻し、複数の目でチェックしながらガムテープで封をしていました。その光景はまるで大学入試センター試験です(私の時代は共通一時試験でしたが・・・)。

以前に勤務していた短大(規模は極めて小さかったのですが)でも、同じようにやってました。問題は事前に封入し、教員は教務職員から封筒を受け取り、試験を実施した後は封入して教務職員のチェックを受けます。その際、欠席者をリストにして提出します。それから、採点を行っていました。

試験監督を誰がやるかは別として、試験とはこうあるべきですよね。それだけの厳格さがあるからこそ「試験」の意味があるのだと思います。

成績評価は教員の重要な役割ですが、試験の実施は大学で最も厳かであるべき行事です。でも、本務校の試験は厳かさに欠けているように思うのですが・・・。

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